<エドワード・ホッパーの絵>
昔、私がデザイン専門学校の学生だった頃、イラストのような洋画のような不思議な絵に出会ったことがある。油絵とは風景画にせよ静物画、人物画にせよ常にモチーフなりモデルなりがあってその対象を見つける、又は出会うことが着筆の第一歩であろう。それ故に古今の有名絵画は画家がモデル又はモチーフと真摯に向き合い対峙した緊張感があって観る者にもそれが伝わり、感動を生む。
ところが、前述の学生時代に見た絵は全く違っていた。本来ならモチーフとはなり得ない建物や風景、その中に存在する人物などは観る者を完全に無視しているようであった。人物は画家や観る者に向き合うことも無く常に視線は画面上の彼方にあり建物や風景の多くは常に光と影の交叉が生み出す独特の雰囲気を持っていずれも観る者をして物語を想起させないではおかない。これがアメリカを代表する画家エドワード・ホッパーであったがその人となりを知るでもなく、以来脳裏のどこかに残ったまま長い歳月が過ぎた。
過日、日経新聞の日曜特集「美の美」に3週にわたって特集されていたのを見て改めて触発されたと言うのだろうか、画集も買い求めてじっくり観察してみた。ホッパーの人物や絵の背景をここで語るゆとりはないがそこにある物語性を短歌に出来ないかと思い挑戦して見ることにした。
絵は画集やハガキをスキャンして使わせてもらったがホッパーの本質に少しでも触れられれば嬉しいが中々至難のテーマを選んだと後悔しきりである。
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アメリカンシーン派の絵画と一線を画すと言ふも理解難きや
暗闇に殊更明るき光描く何言はむとすこの異才画家
さり気なく日常一瞬切り取るもアンビバレントの含み絵多し
(※アンビバレント=二重性)
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「夜の窓」

覗き見て描きしが如きシュミーズの女に何を語らせたきや
秘め事を覗きし快楽不気味なる光と影の危うき匂ひ
風に靡く白きカーテン絵の中に他人の鋭き視線が泳ぐ
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「夜のオフイス」

車窓より見えし残像不可思議なストリーなれば謎解き多し
背後より懸かる視線に濃厚な関係在りしと想ひて観たり
青服の女のエロき姿態より頭上の光に情事を観ずや
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「深夜の人たち」

避け難き危機の迫るを知らずして赤き女は何弄ぶ
不穏なる結末待つと知らいでか孤独の時間絵を覆ひたり
ダイナーの外に漏れ出ず光とは異なる光源暗転の予感
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「線路の日没」

大恐慌と時同じくして描かれし日没の絵は終焉暗示す
一日を安穏に経し充足にあらぬ明日への不安を感ず
日本の夕焼け色と一線を画する色価と構図の絵なり
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「日曜日の早朝」

人影も無き静かなる早朝に不穏な空気など漂へる
人々がまだ眠りいる早朝にこちら窺ふ人の気配す
ショーウインドウ全て読めざる手法にて殊更不安を掻き立てていつ
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「線路沿いの家」

描く家に深き思索を込めたれど通り過ぎたる歴史も描きしか
影多き鎮静の絵にひと際の赤き煙突醜悪救う
空と地の空虚な構図表現に独自の才の輝きを観つ
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「チョップ・スーイ」

ホッパーの二重性(アンビバレント)より出でし絵の深き思惑汲み取らむとす
厚化粧アールヌーボーのこの女後席の会話に耳澄ませるか
こと更に窓外の景を誇張してどこかに孤独挑発滲む
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※その他の短歌に詠む予定だった絵を4点ほど添えておきます
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<ガソリンスタンド>

<海辺の部屋>

<灯台の見える丘>

<サマータイム>

<ホッパー自画像>

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S氏への手紙より
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エドワード・ホッパーの絵には物語が存在します。都会にうごめく人々の生態をのぞき込むひそやかな視線。深い陰影が刻まれたその光景は、映画の1シーンにも似ています。電車の窓から一瞬目にした光景をストップモーションのような手法で表現しドラマを閉じこめたような作品。その一例が夜のオフィスでした。
嘗てパリに絵を学びながらアメリカに戻りアメリカ人によるオリジナルな絵を探求し続けてついには二十世紀のアメリカを代表する画家となったホッパー。当時彼のようにアメリカの現実に目を向けて庶民の暮らしを活写した画家はSさんのいわれるアンドリュース・ワイエスも含めててアメリカン・シーン(地方主義)派と言われましたがホッパーはここに括られるのを嫌ったとのことです。
事実ホッパーは日常を写し取っただけではなく一つ一つの絵やシーンにはそこに孤立して生きる人々の不安と孤独を、気配として巧妙に忍び込ませています。ある評論家をしてホッパーの絵にはどこかからこちらを伺う人の気配がある、と言わしめています。
ここがまさに40数年前にホッパーの絵と出会って私の脳裏に刻まれた印象であったのだと改めて気がついたのが2月の頃の新聞だったと言うわけです。有名画家の絵を未熟も省みずに短歌にするという不遜な行為も個人的な感想と思えば許されるであろうと勝手に決め込んでいますが、これもWebブログだからこそでしょうか?
何か蘊蓄めいて気が引けますがたまには…ということでお許し下さい。
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