2008/01/11

87<映画「いのちを食べる」を見て>

普段、スーパーで牛肉や豚、鶏肉などを買う時それがもともと生きていた動物であるという事を意識した事はあるだろうか?ハンバーガーや焼肉を食べる時も同様に生きた牛や豚を想像した事があるだろうか?答えは殆ど否であろう。
牛や豚、鶏などは人間の身近な生き物として親しみを持って接して来たと同時に彼等?が身を持って食材として自らを供することで人間の食生活は成り立って来た。彼等はまさに生き物である。人間は同類はもとより犬、猫を始め牛豚などの家畜類に至るまでその死に遭遇すると嘆き悲しむ憐憫の情を持った生物である。しかし現実の姿形のない店頭の肉類に彼等の生態(いきざま)を想像する事は殆ど不可能である。
この「いのちを食べる」という映画はその原点を気づかせてくれる不思議な映画であった。生きた牛や豚が賭場に送られ彼等の意志?に反して屠殺され切り裂かれて食肉となっていく様を機械的に淡々と映し出していた。説明も音楽も何もない。ただ、事実をありのままに伝えようという意図だけが伝わって来る。そこにはキリスト教も仏教も関係なくただ「食」という現実だけが語られている。「いのち」あるもの、それは牛や豚に限らず魚も野菜も果物も然り。人間の「食」を満たすために如何に効率良く生産、収穫するかが全てである。ただこの映画は人間は他の「いのち」を戴かなければ生きて行けない生物である事、だからこそ「いのち」の貴さをあらためて考えよという事が一番言いたかったのかも知れない。
日本人が食事をする時に言う「いただきます」は他の生き物のいのちを「いただく」事だとあらためて思い知った映画であった。
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数多なる「いのち」食して永らへる人間とふは罪深きもの

屠殺場に送られ行きし牛の眼を哀しと思ふは矛盾と言ふか

人間(ひと)のため「いのち」断つると知らいでか眼の暗き牛屠場に送らる

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体毛を剃られし牛の眼ぞ赤し高圧一瞬崩れ落ちたり 

内蔵を取り出だす為下腹を抉ればどっと血の溢れ落つ

牛巨体吊り下げられて流れ行き電ノコをもて真二つとなる

てきぱきと包丁持ちて切り分ける欧州美人は仕事師の顔 

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横腹を切り裂き帝王切開す牛立ちしままびくともせざり 

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生産のために精子を抜き取らる喜悦寸前の牛哀れかな

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長閑(のどか)なる牧歌風景懐かしや牛は機械(マシーン)に乳搾ぼられて

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丸々と肥え太りたる豚の群れ生きたるままに吊り下げ行きし

牛豚も切り裂かれ行き肉塊となれば「いのち」の慈しみ消ゆ

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残酷と言ふは当たらず畜肉は生産され来し食材なれば

コンベアで黄色き河の如くある幼鶏(ひよこ)等育ちて食材となる

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無造作に雛鶏むんずと掴み取り間引かる鶏は投げ捨てられつ

両側の5段余りの鶏棚(とりだな)は何十メートルずらりと続く

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産卵のために生かされ餌を食める鶏らは陽の目見ることはなし

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人間の食材なりしブロイラー万羽単位で飼育されおり

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鶏冠(とさか)など切り落とされて流れ行く姿はもはやローストチキン

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店頭で肉買ふことはいのち買うことと思はば敬虔(けい)ならざるや

魚とていのち食すにあるものの身近き故に牛豚思ふ


さりながら夕餉の膳にステーキが在らば一瞬「いのち」忘るる

「いただきます」はいのちを頂くこと故に改め思ういのちの重さ

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※写真はすべて同映画の開設Webから借用したものです。

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2007/10/26

85<とんかつの詩>

我が家から歩いてものの2分とかからないところに馴染みのとんかつ屋さんがある。確か40年近く夫婦二人で営んでいる店である。今迄あちこちでとんかつを食べて来たがどこよりもここのとんかつが美味い。
有名店で黒豚云々とかを標榜する店は確かに美味いことは美味いが、ここのとんかつはそういうものとは比較しない。私の知る限りでは肉質といい、揚げ方といい、ボリュームといいここに勝る店はないと思っている。
名物のロースカツなどは厚みが優に20〜25ミリはあって若い女性スタッフなどは食べきれないで残すことも珍しくなかった。妻は体質上脂身を敬遠するからヒレカツか串カツ専門であるがこれが又美味い。それでも妻は少しはロースカツを食べたいからひと切れ強請(ねだ)られることもある。そう言う時は端っこをあげる訳にはいかないから泣く々く真ん中のずしりと重いひと切れを未練がましく妻の皿に移すことになる。妻からのお返しはヒレカツの場合はまだしも串カツでは釣り合いが取れない。そんなやりとりを女将さんが微笑ましく眺めていたりする。
とんかつが揚がる迄の間、食事中はもとより食後もこのご夫婦とは話が弾んで楽しい。最近は我々も高齢の部類に入るようになって行く回数が減って来たがそれでもふっと思い立って行くことは欠かさない。
ご夫婦は我々より年配であるがまだまだ元気そのもの。いつまでも頑張って欲しい店である。

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こののれん潜れば美味きとんかつと会話がありしと楽しみて行く 

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穏やかな年老ふ夫婦(めおと)二人して揚ぐるとんかつ味わいぞ濃き 

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掛け合いの漫才よろしく絶妙の遣り取りの間にとんかつ揚がる 

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壁にあるメニューは30数年も変わらず親父は一徹の人 

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20ミリ下らぬ厚みのロース肉豪華に揚がりて食欲そそる 

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ベージュから濃き狐色に揚がり行くとんかつ油漕に泳ぎていたり 

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上質の油と豚肉(にく)の程合いに良き揚げ心地が美味さの秘訣 

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ヒレカツとロースと串カツこの3つひたすら揚げて30年経し 

ビール飲むつまみはチーズとサラミのみこれぞシンプル豚カツ屋の味 

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揚げたての熱きも苦にせで素手使いとんかつを切る親父の年期 

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盛り付けて目前のカツのひと切れを頬張る至福一瞬の刻

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目新しくなりたる黄色き沢庵の4切れ今も変わらずありし 

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みそ汁に若芽が揺らぐお内儀の簡素な味がとんかつに合う 

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ロースカツ私の定番串かつが妻の定番月に1、2度 

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ひと切れを妻に乞われて箸に採る重みに躊躇(ためらう)時もありたり 

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巷には有名店は数あれど我れには地元のこの味一番 

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2007/10/01

83<蚊の一匹>

昔も今も夏の大敵は蚊と決まっている。今年はかなりの猛暑だったせいか、さすがの蚊も元気が出ないのか思ったより少なかったようだ。それでも毎年の事ながら、秋が立ち始める頃になると最後のひとあがきよろしく急に増えだしたりする。庭の車に乗り込む時など、ドアを開けた瞬間にさっと1〜2匹が入り込むことがある。家の中と勝手が違ってか大抵はフロントガラスの辺りをうろうろするのだが運転中に捕まえるのも危ないのでそういう時は窓を開けておく。しばらくすると気がついたかのようにさ〜っと逃げて行く様が何ともおかしい。家の書斎でMacを動かしている時も紛れ込む事がある。そうなると正に捕り物合戦である。この前はさんざん格闘?の末最後は思いっきりピシャリと叩きつぶす事に成功して快哉を叫んだが、血まみれ?の痕を拭くと見事な傷痕が浮き出ているのが悔しい。そうこうする間もなく新たな敵の気配がしたが一々構っていられないので結局香取線香のお世話になる。毎年の夏のささやかな風物詩と言えば言えるかもしれない。
さすが蚊の写真は撮れないのでWebで探した中から無断拝借した。乞うご容赦。

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蚊の一匹命拾いをしたやうにさっと車外に逃れ行きたり

逃れ行きホッとするのは蚊か人間(ひと)か 次なる戦争(いくさ)に気を入れ直す

聞こへざる我が耳蚊音は入らざれど気配八方網張り尽くす

来た来たと素早く眼力(めじから)奔らすも一瞬蚊奴を見失いたり


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柏手を右に左に打ちたれど敵もさるものひらりと逃れり

うっかりと隙見せたれば知らぬ間に二の腕止まる奴見つけたり

頃合いは良しとそろりと右手上げぴしゃりと叩けど逃げてしまひぬ

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ふっとして気づけば足の甲痒しさては作戦変へて来しかと

ぷっくらと刺し痕見事に膨らみぬ敵も天晴れと掻きつつ思ふ

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まだまだと我が血を吸ひて恍惚の一瞬ぴしゃりと叩き潰せり

快哉を叫けぶ暇(いとま)もあらばこそ次陣の気配早や立ちこめぬ

結局は蚊取り線香炊くハメになりて終戦我れ暇人(ひまびと)か

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2007/09/09

82<ゆりかもめ搭乗記>

新橋からお台場方面に出ている新交通ゆりかもめに久しぶりに乗る。折悪しく首都圏を直撃した台風9号の襲来1日前であるから時折の激しい雨や突風は覚悟の上。ビッグサイトの某展示会を観るのが目的だったが車ではなく電車にしたのは何も台風を予期してのことではなく、ゆりかもめに久しぶりに乗ってみたいと思ったからだ。
開通当時は運転手も運転席もない全くの無人運転が不思議さと不安を呼んだが都心に出現した観光電車よろしく日祭日は長蛇の列をなす人気だった。お台場の海浜を巡るロケーションはまさに都心の観光電車そのもの。しかし、昨今は沿線のビジネスマンたちの通勤の足として朝夕は結構なラッシュと聞く。
5〜6年前は膨大な空き地がたくさん広がっていたがさすが今の時期はほとんどの場所にビルが群立していた。中でも新橋を出てのすぐ左手は土地の造成と相まって出現した遺跡を丁寧に発掘していたがそこに巨大なビルが幾つも建っていたからその結末は大いに気になるところであった。
ゆりかもめはコンクリートの軌道をゴムタイヤの車輪で奔るから鈍調感は否めない。しかし景色は見慣れた風景とはいえ快晴時とは違った台風余波の天候で、いつもと違った表情を見せていて見飽きることがない。夕方帰る頃には雨脚が激しくなり風も強まって来た。今夜から明日にかけては大荒れの天気が予想されるから珍しくどこにもよらずにまっすぐ帰宅した。

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ビル群の建ち居し所 更地時(じ)の発掘遺跡は如何になりしや

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ゆりかもめ久方ぶりに乗りし景 新たなビル群次々と建つ

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折悪しく台風9号の前兆か激しき風雨がゆりかもめ撃つ

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雨風のゆりかもめ撃つ日とあらば沿線常なき表情見せぬ

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運転士不在の不思議、不安など抱くが不思議の世となりにけり

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コンクリの軌道をゴムのタイヤ付け奔りの揺れは不可思議なりや

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竹芝は伊豆の島へと船出ずる港なりせど今日静かなり

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最前列 座すれば展ける空中楼 都心を駈けるゆりかもめ良し

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ライオンキング又来春の公演を報せ告ぐるもちらりと見えし

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レインボウブリッジ 渡る直前大いなる ループ描きて入り行きたり
 
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ブリッジの中の軌道は牢屋窓 上下左右を網の囲いつ

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抜け行けば大観覧車の見え来たり お台場象徴もう一つの顔

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雨風の強き日なれば観覧車揺れていぬかと目を凝らし観る

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彼方にはビッグサイトの建物が迫り来れば諸人立ちつ

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ビッグサイト大き催亊を開きいて客の多くは降りて向かひき

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帰りしな青海駅下は波荒れぬ台風ひたと迫りしの景

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2007/08/20

81<布袋葵—ホテイアオイの光と影>

夏のある日、馴染みの花屋の前を通りかかると水草が置いてある。ちょうど古火鉢に飼っている金魚の涼に欲しい思っていたので即買って帰る。別の古火鉢に水を張ってそっくり入れる。しばらくすると 草だけだと思っていたのに薄い紫色の花が咲いた。6弁の花びらがあって1枚の大きい花びらだけに孔雀の羽のような美しい紋がある。じっくりみるときれいな花である。1週間程の間に次々と花を咲かせて楽しませてくれる。和名だがサイトで調べてみると南米原産で順帰化した花だとある。驚いたのは繁殖力が物凄くて1週間で倍増するとある。小さな湖沼や池などはすぐうめつくされてしまう。水質浄化という利点もあるのに何と害草扱いになっている。ウォーターヒヤシンスという涼し気な英名がある一方でブルーデビル(青い悪魔)という別名もあって世界十大害草といわれているのを知って更に驚く。井の中の蛙大海を知らずと言うがこの小さな古火鉢の中の可憐な水草がこれ程大きな問題を抱えていたとは驚きであり、新発見であった。因に2〜3本を金魚の古火鉢に入れたが2〜3日で食べ尽くされてしまった。

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水草を金魚の鉢に入れたしと馴染みの花屋で買い求めたり

リラヤとふ馴染み花屋のこの女将無料でひと束くれ賜ひけり

古火鉢に水張り水草育てむと入れ見し様を楽しみにけり

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水草は布袋葵(ホテイアオイ)といふ名とぞ和風なれども南米原産

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ふと見れば意外や花咲く気配あり如何なる花かと楽しみて待つ

翌朝に見れば幽かな紫の6弁の花開きていたり

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まん中の大き花びらひとつのみ孔雀の羽の如き紋あり

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神秘なる造形ここにも見つけしと思はば価値も高まりしかな

寄り見れば拝(おろが)む心地沸くらむか黄の点描は何語るらむ

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辞典にてホテイアオイを引きたれば強繁殖の害草なりと

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サイトでは害草、益草相半ば 水質浄化の功ありとふも

哀しくも公害花と呼ばれしを知らでありせば良かれしものの

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別名を「青い悪魔」で全世界十大害草といわるる哀れ


人間の評価は知らず次々と可憐な花を咲かしめており


※写真最後の2枚はサイトより借用


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2007/07/23

80<闘病する先輩(とも)の絵>

6月のある日、座間市の市役所に隣接したホールの展覧会に赴く。高校時代の2年先輩M・K氏の作品展を見るためである。随分前に勤務されていた化粧品会社を定年退職した旨のハガキを頂いたがパ−キンソン病に罹かり闘病を余儀なくされていることを知ったのはそれから大分後のことである。その氏から作品展の案内ハガキを頂き懐かしさもあって出かけることにした。恐らく30数年振りの再会であるが、私を作品展に駆り立てたのは案内ハガキにあった「自画像」と題した氏の作品である。その絵は不思議な色合いを持ち覚束ないバランスの中に厳しい目で自分を睨み付けたような描写で、私以外の人でも氏の病状を知っていれば苦しい闘いを絵に託した意図がありありと感じられたことだろう。
会場での氏との30数年ぶりの再会は感動的であった。握手と抱擁でお互いの温もりを確かめあったが、足取りの不確かな様子、私との会話である筆談の覚束なさ…は病の重さを語って余りある。あの無骨で逞しかった氏の豹変は事前に予想したとは言え衝撃的だあったがそれより、何よりも私を驚かせたのは会場に展示されている氏の作品がすべて「自画像」で埋め尽くされていることだった。
正直に言えばその自画像のどれもが氏のイメージにそぐわず、巧拙や完成度を云々するものではなかったが1枚1枚の絵が己の現状を見つめ、内面から抉り出す厳しさを懸命に表現しようと言う意図が感じられた。恐らくその時々の心象風景でもあるのだろう。ここ5年くらいの間の作品だと夫人に伺ったがパーキンソン病との闘いを絵、それも自画像と言うテーマに見い出した氏の姿勢に心から拍手を送らずに入られなかった。これからも描き続けるであろうことで少しでも立ち直ってくれることを願いながら会場を後にしたが夫人に支えられながら手を降り続けてくれた氏の姿は今でも瞼に浮かぶ。

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患いの長き闘いここに見きパーキンソン病の先輩(とも)の描きし絵 

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久方と言ふも30数年経し君の立ち居の危ふさ憂れう 

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血色の思いのほかに良き顔で握れる温もり昔日のまま 

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描(えが)きしは全て自画像 闘いの執念ここに籠められてあり  

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会場を圧する数多(あまた)の自画像よその時々のこころ描きしか  

言うなれば深き心象画像なり眼光鈍く光輝(ひか)りて刺せり

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彩色の色合いさすがのキャリアあり正常なればとふと思いたり  

我が父の教え子即ち我が先輩(とも)の絵には微かに父の匂いす  

巧拙は問はず心の葛藤を映すが如き自画像並ぶ

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真正のアブストラクトの絵も在りて良き額に入れ飾り見たきや  

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自画像の他に紫陽花などの絵もありて安堵の息をつきたり  

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生き甲斐を自画像描写に見い出しし先輩(とも)よ闘病(たたかい)楽しむべしや  

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自画像を描き続けると言う礼状その絵も深く己を衝きぬ  

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2007/07/14

79<渋谷雑記>

渋谷は私の青春の街である。今は無き玉電で高校に通う頃から今日に至るまで実に半世紀も馴染んで来た街である。今でも渋谷に来ると若い頃の気持ちに立ち返っているから不思議である。
ある日、所用があって東急本店に出かけた。その帰りに東急ハンズに抜ける小径からセンター街を通ってハチ公の方面に帰ろうと思い、懐かしい店々を眺めながら散策を極め込んだ。そういえば昔、スナック、ロシナンテと言う店があったな…と思いついて探したがどこにもない。消長の激しい渋谷でも結構最近まであったような気がしたが結局今の風潮に合わなくなったのだろう。
諦めてお茶でも飲もうかと喫茶店を探したが今やカフェあれども昔ながらの喫茶店等どこにもない。スターバックスやドトールのような店ばかりである。
しかも、センター街を闊歩する連中は昔と変わらぬ若者ばかり。当時の我々の仲間はどこに消え失せたのであろうか。ショウインドウに映る我が身を振り返ってみればそこには「老い人」が一人。気持ちだけは若いつもりでも67才の年輪をいやが上にも実感させられる。それでも渋谷と言う街は今でも好奇心を湧きただせてくれるから「老い」にめげずにまた来ようと思う。

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ロシナンテと言ふ店求めて彷徨へりつひに在らずは潰れし故か

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若き頃友と通ひて想い出の数々あれば必死に探しぬ

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センター街抜ければややに大人びた通り半ばの3階の店

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「門」と言ふ嘗て流行りし歌声の響かふ店は今もあれども

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人混みの絶えぬ界隈昔より今も若きが絶えざる不思議

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はっとして目覚めし如く見渡せどここは老ひ人我れのみならん

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カメラ向け狙うはヨドバシ大看板外人は恰好の獲物と見るか

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嘗て若き我等人等は老ひゆきていずこに消えしかこの街角の

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東急の本店通りのカフェには若きが溢れて老入り難し

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気は若くあらうと思ふも店窓に映らふ我が身置きどころなく

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抗らはず自ら老を受け入れて街を歩めば良きものなれど

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ハチ公は変わらず鎮座おはします 主人を今も待ちし眼差し

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ハチ公の主人は知人の曾祖父と聞きて奇縁に新ため見つる

ハチ公も喫煙嫌ふか一角を囲いてスモーキングエリアは哀れ

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ワンセグの新携帯を購入し喜ぶ我れは六十路と七つ!

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渋谷駅近場に大き書の店が幾つも在りしここは智の街

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渋谷にて最古の書店の大盛堂いつ知らぬ間に消えて至りき

いくつかの店は残りて焼き鳥を愛する輩なお集いおり

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補聴器をOFFせずしばし喧騒を楽しめしかな渋谷の街は

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車奔る高速渋谷をひとまたぎ次の時代の様相如何に  

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新しき文化の匂いLOFTより今や渋谷の象徴なりし 

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戦後より建て替えもなき増築でセンス問われる東急デパート  

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足繁く通ひし店よ「龍の髭」無愛想でも味は一番 

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2007/07/11

78<日本最北端紀行>

5月の終わりに私は日本最北端の地に立っていた。宗谷岬である。本来なら目の前の43キロ先にはサハリンが見えている筈だがあいにくの曇り日でそれは叶わなかった。
明輩会(No.63=石垣島紀行参照下さい)が企画した2泊3日の最北端グルメの旅である。新千歳空港からバスに揺られること8時間余り。途中、今話題の東山動物園に2時間程遊んだとは言えまさに北海道縦断の旅であった。長時間の乗車ではあったがさすが北海道である。車窓風景は飽きることがない。
稚内から礼文島、利尻島に行くために翌日早朝から島巡りの船に乗る。礼文島は海岸近くから本土の高山植物が咲き乱れている不思議な島である。しかも島には高く聳える木々が殆ど無いと言うのも不思議と言えば不思議。少し山に上ればレブンアツモリソウなど、至る所に高山植物が見られる。
利尻島は逆に島の真ん中に利尻富士とも言われる秀麗な利尻山を抱えた見どころの多い島である。礼文島から利尻島へわたる船から見える利尻富士は未だ多くの残雪を抱えて美しい。これを逆さ富士として写し出す「姫沼」も静かな湖面に鳥たちが群棲する様も眺められ、一周のミニトレッキングを味わうことが出来た。
本州最北の国境の街稚内は観光地らしくない飄々とした雰囲気を醸す中に北防波堤ドームが俄然とそそり立つ。激しい高波と風を克服するために昭和11年に作られたというのは驚きだがその半アーチ状で古代ローマを思わせる太い円柱はこれを見るだけでも稚内に来た意味があると言う芸術品であった。

(写真をクリックすると大きく見られます。)

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青き空碧き海こそ見えねども残雪抱く利尻富士見ゆ

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利尻冨士島に上がりて見しよりも海を隔だつが尚美しき

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ここよりは43キロサハリンが見えると聞きしも今日は曇り日

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宗谷岬、最北端の地に立ちていつかサハリンに行きたしと思ふ

最北は宗谷岬か稚内か礼文も利尻の島も名乗りて

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北端のスコトン岬の名の由来聞けば「須古頓」アイヌ語なりき

巨(おお)き樹がひとつだになき礼文島高山花はとりどりに咲く

これがかのレブンアツモリうっすらと淡き黄色の花咲きてあり

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日本のエーデルワイスとあとに知るレブンウスユキ群生したり

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生憎とさざ波立ちて姫沼の噂に高き逆さ富士見ず

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姫沼の遥か先にて群れ遊ぶ鳥等よ厳冬(ふゆ)は如何に在りしか

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稚内の思い切りたる防波堤機能美越えし作品となる

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北回帰行きそびれたる白鳥か広き湖畔にただ一羽いる

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白鳥の湖(うみ)と聞きしが北回帰終りて一羽が淋しく残る

クッチャロ湖白鳥群舞すでになし静けき湖畔に黄花群れ咲く

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地吹雪の凄きとこらし猿沸の海沿いに高き防壁続く

北国の春は端緒につきしこと最北なれば桜咲きたり

往復で800キロのバスの旅ガイドは饒舌函館美人

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2007/05/15

77<エドワード・ホッパーの絵>

<エドワード・ホッパーの絵>

昔、私がデザイン専門学校の学生だった頃、イラストのような洋画のような不思議な絵に出会ったことがある。油絵とは風景画にせよ静物画、人物画にせよ常にモチーフなりモデルなりがあってその対象を見つける、又は出会うことが着筆の第一歩であろう。それ故に古今の有名絵画は画家がモデル又はモチーフと真摯に向き合い対峙した緊張感があって観る者にもそれが伝わり、感動を生む。
ところが、前述の学生時代に見た絵は全く違っていた。本来ならモチーフとはなり得ない建物や風景、その中に存在する人物などは観る者を完全に無視しているようであった。人物は画家や観る者に向き合うことも無く常に視線は画面上の彼方にあり建物や風景の多くは常に光と影の交叉が生み出す独特の雰囲気を持っていずれも観る者をして物語を想起させないではおかない。これがアメリカを代表する画家エドワード・ホッパーであったがその人となりを知るでもなく、以来脳裏のどこかに残ったまま長い歳月が過ぎた。
過日、日経新聞の日曜特集「美の美」に3週にわたって特集されていたのを見て改めて触発されたと言うのだろうか、画集も買い求めてじっくり観察してみた。ホッパーの人物や絵の背景をここで語るゆとりはないがそこにある物語性を短歌に出来ないかと思い挑戦して見ることにした。
絵は画集やハガキをスキャンして使わせてもらったがホッパーの本質に少しでも触れられれば嬉しいが中々至難のテーマを選んだと後悔しきりである。

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アメリカンシーン派の絵画と一線を画すと言ふも理解難きや

暗闇に殊更明るき光描く何言はむとすこの異才画家

さり気なく日常一瞬切り取るもアンビバレントの含み絵多し
(※アンビバレント=二重性)

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「夜の窓」
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覗き見て描きしが如きシュミーズの女に何を語らせたきや

秘め事を覗きし快楽不気味なる光と影の危うき匂ひ

風に靡く白きカーテン絵の中に他人の鋭き視線が泳ぐ

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「夜のオフイス」
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車窓より見えし残像不可思議なストリーなれば謎解き多し

背後より懸かる視線に濃厚な関係在りしと想ひて観たり

青服の女のエロき姿態より頭上の光に情事を観ずや

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「深夜の人たち」
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避け難き危機の迫るを知らずして赤き女は何弄ぶ

不穏なる結末待つと知らいでか孤独の時間絵を覆ひたり

ダイナーの外に漏れ出ず光とは異なる光源暗転の予感

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「線路の日没」
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大恐慌と時同じくして描かれし日没の絵は終焉暗示す

一日を安穏に経し充足にあらぬ明日への不安を感ず

日本の夕焼け色と一線を画する色価と構図の絵なり

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「日曜日の早朝」
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人影も無き静かなる早朝に不穏な空気など漂へる

人々がまだ眠りいる早朝にこちら窺ふ人の気配す

ショーウインドウ全て読めざる手法にて殊更不安を掻き立てていつ

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「線路沿いの家」
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描く家に深き思索を込めたれど通り過ぎたる歴史も描きしか

影多き鎮静の絵にひと際の赤き煙突醜悪救う

空と地の空虚な構図表現に独自の才の輝きを観つ

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「チョップ・スーイ」
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ホッパーの二重性(アンビバレント)より出でし絵の深き思惑汲み取らむとす

厚化粧アールヌーボーのこの女後席の会話に耳澄ませるか

こと更に窓外の景を誇張してどこかに孤独挑発滲む

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※その他の短歌に詠む予定だった絵を4点ほど添えておきます
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<ガソリンスタンド>
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<海辺の部屋>
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<灯台の見える丘>
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<サマータイム>
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<ホッパー自画像>
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S氏への手紙より
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エドワード・ホッパーの絵には物語が存在します。都会にうごめく人々の生態をのぞき込むひそやかな視線。深い陰影が刻まれたその光景は、映画の1シーンにも似ています。電車の窓から一瞬目にした光景をストップモーションのような手法で表現しドラマを閉じこめたような作品。その一例が夜のオフィスでした。

嘗てパリに絵を学びながらアメリカに戻りアメリカ人によるオリジナルな絵を探求し続けてついには二十世紀のアメリカを代表する画家となったホッパー。当時彼のようにアメリカの現実に目を向けて庶民の暮らしを活写した画家はSさんのいわれるアンドリュース・ワイエスも含めててアメリカン・シーン(地方主義)派と言われましたがホッパーはここに括られるのを嫌ったとのことです。

事実ホッパーは日常を写し取っただけではなく一つ一つの絵やシーンにはそこに孤立して生きる人々の不安と孤独を、気配として巧妙に忍び込ませています。ある評論家をしてホッパーの絵にはどこかからこちらを伺う人の気配がある、と言わしめています。

ここがまさに40数年前にホッパーの絵と出会って私の脳裏に刻まれた印象であったのだと改めて気がついたのが2月の頃の新聞だったと言うわけです。有名画家の絵を未熟も省みずに短歌にするという不遜な行為も個人的な感想と思えば許されるであろうと勝手に決め込んでいますが、これもWebブログだからこそでしょうか?

何か蘊蓄めいて気が引けますがたまには…ということでお許し下さい。

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2007/05/08

76<幹に咲く桜>

2007年4月25日。今年も桜の季節が通り過ぎて行った。今年は寒暖が不連続に続き花散らしの雨も断続的にあって例年になく満開の時期のピークが華やいで見えなかったような気がする。
それでも桜は桜である。満開の時期を待つ人々の心を択らえ、気持ちを浮き立たせてくれる。ライトアップされた夜桜はまた艶やかさを増して人々の心をくすぐる。
しかし、それもほんの一瞬の間であろう。あれほど爛漫と咲き誇っていた桜も風にあおられて花吹雪と化して空中に舞い、川面には薄ピンクの花筏が流れる。それもちらほらとしか見えなくなる頃には人々は桜との饗宴を忘れる。季節の移ろいの瞬きの楽しみ、桜のイベントはかくして終わるのである。

しかし、桜は一瞬にして散り切る訳ではない。人々が忘れても尚、桜は咲き続けている。緑の新芽の合間を遠慮がちにポツンポツンと…。中には太い桜の幹からしがみつくように直接咲き出た健気な桜花もある。
満開の時は全体の大きな固まりにばかり目が行き勝ちで、一つ一つの桜の花そのものへのこだわりは少ないから、この時期は花びらをじっくり見ることが出来る。淋しげに必死に咲いている花をそれなりの感慨を持って見るのもまた格別な趣きがある。

ちょうどこの頃にアメリカのナバホからK君というカメラマン夫婦が里帰りのついで寄ってくれた。満開の時に来たかったのだが…と言いながら「残り桜」を愛おし気に見歩いたから私もこの時期の桜をゆっくりと見るといういい機会を得たわけだ。桜とは満開もいいが散り残ったこの時期を桜の第2期として見ればそれなりの味わいもあろうかと言うことである。


三分咲き五分、七分咲きと騒げども散り残れるを見る人おらず

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散り残る桜とは観ずかくあるが自然と思はば安らぐものの

この一木華やぎの時に咲かしめず今に咲かすは何ゆえと問ふ

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野鴨2羽川面に遊ぶその片端桜は小さき筏で澱む

川の面を埋めて流れし花筏せめて河口に行き着くべしや

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健気なに遅れて幹に咲き出でし可憐な君を我れは愛(め)でつも

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枝ならぬ幹に直接咲くとふはいかな運命かこの花々は

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同じ樹の同じ桜でありながら爛漫寂寥の格差は何ぞ

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太幹に似合わずぽつんと咲きてあれば「幹桜」とも名付けやりたや

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ちらほらと残り桜を追ひ撮りし友はアメリカ ナバホより来し

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桜花(おうか)爛漫三日天下の幻か盛者必衰のことのは思ふ

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新緑に生(あ)れ代わり行くその間(あい)になお咲き出ずる花逞しや

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立ち止まり観る人も無き橋の上「無情」と言ふはかくなるものか

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華やぎの刻(とき)の終わりし桜花また来る年を待ちて憩へや

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花相似人不同とは言ひたれど花も不同とふと思いけり 663

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2007/04/29

75<不揃いの苺達>

苺とはあのとんがり帽子を逆さまにした可愛らしい形がパックされて八百屋、果物屋の店先に並べられている…これが苺に対する一般的なイメージであろう。ところがある日、妻の懇意にしている八百屋さんの店頭で何気なく目に入った苺に釘付けになる。「これが苺?」と思わず我が目を疑うに足る異形が見事に並んだパックがあったのだ。一つとて同じ形がなく、しかも従来の苺のイメージからかなり離れた異型、驚型?ばかりで造形的でさえある。

一つ一つに個性がありキャラクターになり得る代物で面白いことこの上もない。妻は良く見かける苺だというがここまで見事にそれぞれの形状を主張した苺は私は始めて見たからそのまま見逃す訳にはいかない。幾つか並んでいるパックから特に異型の揃ったものを買って帰り、あらためて繁々と見る。挙げ句の果てにはカメラを取り出して一つひとつを撮影する。

かくて我が短歌の題材として何首かを詠み込む羽目になる。名付けて「不揃いの苺達」。何か映画かベストセラー本のようでおかしい。以下の写真と短歌をご一覧乞う。]

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ふと見れば八百屋店先並びいる面白いちごを思わず買いき

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面白き余りに写真撮りたればプロフィールなどの楽しみ湧きぬ

7人の悪戯坊主が並びいるこのいちご等に名を付けやらむ

いま流行る子等の名よりも「ごん太」など昔のごっつき名が似合うかと

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知る人ぞ知るものなれと妻言ふも我れに楽しきフィクション湧く

これ角(つの)か短矩の脚かと見てあらば「たんく」と言ふ名を思いつきたり

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いちごとふ概念みごとに崩さるるこの造型の妙つくづくと見ぬ

ごっつさは天下逸品スケバンか態度のでかさに笑みぞこぼるる

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一つだけまともな形混じりおりいじめに合わずば良しとも思ふ

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たかが苺されど苺と言ひたれどこの存在感にことばは要らず

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「不揃いの苺」と言へば流行るらむ脚色演出夢膨らむも

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ストリーも終わりとなれば食さるる運命(さだめ)も似合う肝太き奴

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これは我れこれは妻にと好みごと分けて食すも楽しきかなや

頬張れば甘酸っぱさは並以上伊達の異型にあらざるを知る

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